すげー切れ味だ

ニコメ計画のキャビネットは、今や変貌を遂げて初期のそれとは全く違う仕様になっている。
ここでニコメの来歴についてちょっとだけ振り返ってみようと思う。


師匠が持て余した4343の箱(国産メーカー製)をタダで貰い受けたのが17年の2月ごろだった。
実に稚拙なレベルでコイルなどを自作し、その年の3月の終わりごろには

こんな感じで鳴らせるところまで漕ぎ付けていたようだ。ちなみに写真のユニットは師匠からの借り物だった。
写真を見ると分かると思うのだが、ミッドバスが未装着なのだ。非常にかっこ悪くて嫌だったのを覚えている。
音質はざっくばらんな感じだったように思う。いずれにしても技術面での不足が目立っていたため、
あまり断定的なことは言えないが、4個のウーファーの同調を取るのがやたら難しかったことだけは確かだ。




これは4月の半ば頃の写真だ。ミッドバスには簡単な蓋を取り付けて、まあこんなもんだろうという事になっている。
この時点ではオーディオルームで模型を作っていたので、音響的にとても良くないことが伺える。


写真は無いが、17年8月ごろにミッドバス2121を手に入れたようだ。
これは師匠が隠し持っていた代物で、たまたま師匠のお店の隅にあったのを発見してしまって、
即購入の意志をぶつけたのを思い出す。今となっては、わざとあの位置に置いてあって私を試していたような気もする。
が、この2121と、前述のウーファー2235Hは難物だった。エッジの張り替え業者が適当な仕事をした結果、
出力される音に歪みが出ていたのだ。この一件のすったもんだには3ヶ月の時間を要した。このメーカーはクソだった。


このミッドバスの調達により、35Hz~20kHZを能率96dBで鳴らすことが出来るという状態になった。
キャビネットの配置にも若干慣れて、それなりに揃った音になりつつあったように思う。
因みにこれは非常にデンジャラスなシステムで、ドライバーとツィーターの出力が通常より2倍と、
極めて過激なものになっていて、いつ飛んでもおかしくないような感覚だったと記憶している。怖かった。
因みにアンプはSQ38uである。かなり苦しかった。



11月ごろになるとついにコラムの設計に着手しているようだ。当初のコラムは事なかれ主義で製作したかったのだが、
この頃同時にやっていたXRTの導入計画でXRT-20に触れ、「このスピーカーを超えられたら面白いかもしれない」
と思うようになった。計画は大型化し、全高2mを超える代物となったのだった。
が、ここで計画は一度座礁し、再び浮力を得るに至るまでかなりの歳月を要した。


2018年3月に、息を吹き返したこの計画は、どうやら嫌々やっていたらしい。
と言うのも、大型スピーカーを製作するという情報が師匠連中に漏洩し、「作るならはよ作れ」と急かされてしまったのだ。
この場合で「やっぱ作らない」と言ってしまうと「あいつは口だけはでかいやつだ」となるのは火を見るより明らかだったため、
反骨精神を以て製作に打ち込んだ。体制はそれなりに敵だった。


コラムが完成したのは18年8月末の頃合いだったように思う。記録がない。
個人でコラム型スピーカーを作れるということを証明し、達成感に浸って居た。
この頃は4343のセッティングが甘かったこともあり、「4343を超える自作スピーカーが出来た!」等と喜んでいた。アホだった。
因みに、コラムの製作に充てていたエネルギーで4343を調整したら、軽々とコラムを超えて行ったので泣いた。アホだった。


フルレンジコラムを足し、4343と完全に分離したニコメ計画は、この時点でかなり面白い物になっていた。
耐入力が極めて高く、映画などを大音量で観るのに適していたこのスピーカーはかなり使い込んだ。
本来とは別の意味でどったんばったん出来るスピーカーだった。
完成後ほどなくしてパワーアンプの選定計画が持ち上がったのも私にはよかった。
SQ38uでは私の要求する音量にはちょっと心許なかったが、マッキンの2250は素晴らしい能力を発揮していた。
パワーアンプをMcIntoshに変更し、イコライザーの自作を計画したのはこれ以後の話になるだろう。
イコライザーによる音響調整は師匠の音楽の真髄である。
イコライザーを自作し、自作のスピーカーで鳴らすことが可能になったことは非常に私の評価を高くした。



イコライザーの使い方が身に付いた頃には、かなりの事が分かった。セッティングも綿密に練られたものが
続々と出来上がっていたため、師匠を招いて評価をして頂いた。
その場で私がこれまで想ってきた音楽への確かな評価を頂戴した。これは2019年の7月15日のことだった。
その時、師匠はアドバイスを一つ付け加えていた「高域をタイトに持っていけたらさらに良くなる」と云う事だった。
恐らく、イコライザーの調整でもう少し高音を締めろという意味なのだろうが、
高域における構造的欠陥があるので、「微調整くらいしかできねーな」と思っていたが、
2019/07/28の日記に、ツィーターを足せたら面白いかもしれないと書き記した後から様相は一変した。
ここに来てニコメ計画がまさかの4way化したのだ。ぼんやりと考えていたのが7/28で、実行したのが8/3だから
かなりの突貫作業だった。手元に使っていないツィーターがあったのが幸いした。災いだったかもしれないが。
ロッサ氏に協力してもらい、ツィーターの増設改修を行った。文章に記し難き苦闘の時間がそこにはあった。



斯くしてニコメ計画は今に至る。実は、更なる改造案もあるが、それは未来のはなしだ。